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リゲッタ誕生秘話 第10回

Re:getA誕生秘話

リゲッタ誕生秘話 第10回

「25歳の若い子にはあまりにも辛い話でした。」

帰りの新幹線、二人とも一言も語らず。
ずっと唇を噛みしめる父親。
当時還暦を迎えていた父には衝撃的な事件だったと思います。
そしてこんな業界に息子を放り込んでしまったことが情けなかったのか、
「 やすお、 ごめんな。 」 と。

そんなこんなで2000年の年の瀬にいきなり 「 職なし 」 になってしまいました。
正月番組とか放送してても、全く明るい気分になれません。 
自分の想いが、そしてデザインが引きちぎられて、どこかで誰かが笑っている・・・と思うと嗚咽しました。
裏切られた・・・って思うと靴をデザインすることが馬鹿らしくなってきました。

皮肉ながら、もう徹夜する必要がないんです。
仕事が無いのですから。
もう、あんなに目を真っ赤にして、睡魔と闘いながら仕事をしなくていいんです。
人生で初めての挫折・・・。
社会のことがまだわかっていない分、仕事を失う怖さはわかっていませんでしたが、
僕の人生イコール家族の人生。
どうやってこれから両親を守ればいいのだろう・・・と途方に暮れました。

もうすぐ結婚式か・・・。  どうしよう。
挙式直前の彼女はキャッキャ言いながらウエディングドレス選んだり、
結婚式の音楽はあれがいい、これがいいって言ってます。

「 職なしになったことは絶対に言われへんなぁ・・・。 」


Re:getA誕生秘話イラスト:高本 泰朗

【違う仕事を探すか、どこかの靴メーカーに入社して細々やっていくか?】

ため息しか出ません。
1年前までは若い新婚夫婦が明るい生活を始めるはずだったのに、
今は仕事がなく、ご飯を食べることが出来ないのです。
地獄でしたね。
家族中が落ち込んで真っ暗でした。
彼女の両親にもなんて言っていいものやら。。。
独立しようとも考えましたが、当時は不景気の底って言われていました。
今のご時世にメーカーをするのはいろんな人から自殺行為って言われていました。
大手の靴メーカーが廃業、倒産連発の時代です。
25歳の若い子にはあまりにも辛い話でした。

家族中、毎日、毎日、気分は真っ暗。
父親も当時は還暦で 「 まだまだやるぞ 」 ってバイタリティーはもう無いのです。
「 やすお、どうしたらいい? 」  「 どうしたらいいと思う・・? 」
いくら父に頼られても、25歳の若者がそんなこと分かる訳が無いのです。

当時の記憶は思い返してもカラー映像ではないんですね。
景色や風景を思い出しても グレー なんです。
それくらい暗く、悶々していました。

違う仕事を探すか、どこかの靴メーカーに入社して細々やっていくか?
悩みました。
当時の僕はまだ若く、経験も無かったので、独立したメーカーをする自信がなかったんです。
何より、メーカーをするとすべてが僕の責任。
僕の判断ミスで家族が路頭にさ迷うことになるかも・・・と思うと怖くて仕方がなかったんです。
お金のない25歳なんだからそう思って当然です。

<つづく>

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第11回は2016年1月22日(金)公開!乞うご期待!
職人 Re:getAデザイナー 高本 泰朗 靴職人 Re:getAデザイナーシューズミニッシュ代表取締役 高本 泰朗

生まれも育ちも大阪の生野区という下町で過ごしてきたデザイナーの高本氏。
靴の専門学校、シューズメーカー数社での企画・デザインの経験を経て、当時靴の下請けであった実家「タカモトゴム工業所」で靴作りに励む。
2001年、後に「リゲッタ」「リゲッタカヌー」などのブランドを手掛ける「シューズミニッシュ」として、靴メーカーを始める。