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リゲッタ誕生秘話 第13回

Re:getA誕生秘話

リゲッタ誕生秘話 第13回

「〜靴業界の不思議なところ〜」

2002年にはメーカーをすることで付きまとうリスク
『不渡り』も初めてもらうし、
いろいろありましたが、こまめな新作デザインの作成、
どこよりも早いデザイン提案など他のメーカーさんには出来ない
フレキシブル・コンパクト・スピーディーな対応で、
少しずつではありますが、なんとか固定客が増えてきました。 

営業経験のないデザイナーが外回りの営業に出歩くとどれほど大変か?
僕はもともと人前で喋るのは緊張するタイプでした。
アポイントを取っても緊張してお客さんの前で全然喋れません。
当時は商談で喋ることをメモに書いて、
暗記してからお客さんのもとに訪問していました。
下請けメーカーという表舞台に出ない立場を長らくしていたので、
業界用語とか支払いの条件、納期のこととか全然わかりません。
今まで隠されていたので業界の常識が全然わかりませんでした。

メーカーを始めるって言ってもそんな初歩的なことから。
隙があれば「お客様の心をとらえる話し方」とか
「話し上手に見える方法」「ビジネスマナーの基本」系の本を読みあさっていました。

今思うと本当に人と上手に喋る自信がなかったです。。
奥手だったのか自分のことを表現するのが苦手だったんですね。
そしてお客さんに商品を買ってもらうのが苦手やったんです。
そして自分の作った商品の良さを見つけて、
それをわかりやすくお客様に伝えることができない。

鏡見て喋る練習とかずっと繰り返してましたね。
かなりストイックな人間だったと思います。


Re:getA誕生秘話イラスト:高本 泰朗

【〜靴業界の不思議なところ〜】

靴業界の文化ってどこかで売れた実績のあるデザインのコピーを安く作る・・・
っていうのが定石でした。
当時は僕もそうしてましたね。
「どこかで売れた」って実績がないとお客さんも買ってくれないんです。
なぜならば不安で不安で仕方がないから、
どこかで売れたというモデルがないと買えません。
だから誰よりも早く「売れている商品」を見つけて、
誰よりも早く情報と商品をお客様に提案する・・・
というスタイルを徹底して貫いてきました。

当時はファッション雑誌はすべて切り取ってファイル。
休みの日は靴売り場を渡り歩く。
売り場では販売員さんを捕まえて、
恥を忍んで売れ筋の情報を教えてもらう。
これを繰り返せば情報はいち早く手に入ります。
とにかく足とスピードでデザインをしていた時代です。

そんなこんなでシューズミニッシュは新興メーカーだけど、
「新しくて変わった切り口の商品を作る」
というイメージがお客さんについてきて、徐々に注文数は増えてきました。

<つづく>

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第14回は2016年3月4日(金)公開!乞うご期待!
職人 Re:getAデザイナー 高本 泰朗 靴職人 Re:getAデザイナーシューズミニッシュ代表取締役 高本 泰朗

生まれも育ちも大阪の生野区という下町で過ごしてきたデザイナーの高本氏。
靴の専門学校、シューズメーカー数社での企画・デザインの経験を経て、当時靴の下請けであった実家「タカモトゴム工業所」で靴作りに励む。
2001年、後に「リゲッタ」「リゲッタカヌー」などのブランドを手掛ける「シューズミニッシュ」として、靴メーカーを始める。