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リゲッタ誕生秘話 第16回

Re:getA誕生秘話

リゲッタ誕生秘話 第16回

「人間の履ける代物ではない、人生で最大の失敗作」

2004年、リゲッタの前身になるようなコンフォートサンダルを開発します。
始めて作るどこにもないサンダル。今思い出しても画期的なデザインでした。
誰のコピーでもない完璧なオリジナル商品。
初めて本格的に木型を削り込んでアウトソールとインソールをデザインしました。
今でもいいデザインだと思います。
センスのない名前ですが、「 ヒールカバーサンダル 」 って名前で展示会に並べました。

しかしこれ、人生で最大の失敗作だったんです。
いいデザインなんですが、足裏が痛く、そして履きにくい・・・。
もはや歩けるレベルではない。
本来なら展示会に出してはいけないのですが、完成したのは展示会の前夜。
履き心地のチェックをしたとき、めまいを起こして倒れそうになりました。
それでも当時の状況ではそのデザインに頼るしかなかったので、
生活のために仕方なく展示会に出展することにしました。

展示会に来場するお客様、来る人来る人オーダーをくれました。
展示会で山ほど注文をもらえる。
(お客様は試し履きしないで注文する時代だったのです。)
なのに履き心地は人間の履ける代物ではないという・・・。
今なら考えられないミスをしていました。
これをそのまま流通させてしまったら、
間違いなく会社は信用を無くしてつぶれてしまう。

展示会後、その修正をするためにたくさんの時間とお金がかかり、
頭が白髪だらけになりました。
迫りくる納期、アウトソールの修正は型紙と違って
たくさんの時間がかかります。
展示会が終わった後も疲労困憊で疲れが取れません。
常に明日ご飯が食べられるのか? という恐怖に包まれています。
とにかく精神が休まる時間がありませんでした。

Re:getA誕生秘話イラスト:高本 泰朗

【あんたの作ったサンダルが一番履きやすいわ!】

結局、発売の頃にも納得できる修正が間に合わず、未完成のまま発売になりました。
随分手直ししてなんとか履けるレベルにはなりましたが、まったく納得できません。
自分の力のなさ、当時の僕の限界がわかってかなり落ち込みました。
履きにくい商品が売れる時はデザイナーとしては死にたい想いです。
当時はそんな不甲斐ない自分を責め続けました。

でも、母親だけは 「 あんたの作ったサンダルが一番履きやすいわ! 」って
言って履いてくれるわけです・・・。
僕をこれ以上落ち込ませたくなかったんでしょうね。
そんな母親が未完成の僕の開発したヒールカバーサンダルを履いて旅行に行き、
階段から足を踏み外して、腰を強打し重傷を負って長期の入院生活になってしまいました。

情けなすぎて、情けなすぎて、母親の辛そうな姿を見て号泣した記憶があります。

これはあかん。
本物を作らなあかん。
と、その時決意しました。
俺がしっかりせな誰が家族を守るねん。って思ったものです。
頭の中にある雑巾を絞りに絞って最後の水滴が落ちるまで
ブランドを作るにはどうしたらいいか?を考えました。
徹夜でも何でもやってやる。
絶対に本物を作ろう。
ってまっすぐな想いしかなかったですね。
そして家族を傷つけた不甲斐ない自分への復讐心も強かったと思います。

<つづく>

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第17回は2016年4月15日(金)公開!乞うご期待!
職人 Re:getAデザイナー 高本 泰朗 靴職人 Re:getAデザイナーシューズミニッシュ代表取締役 高本 泰朗

生まれも育ちも大阪の生野区という下町で過ごしてきたデザイナーの高本氏。
靴の専門学校、シューズメーカー数社での企画・デザインの経験を経て、当時靴の下請けであった実家「タカモトゴム工業所」で靴作りに励む。
2001年、後に「リゲッタ」「リゲッタカヌー」などのブランドを手掛ける「シューズミニッシュ」として、靴メーカーを始める。