トップページ > コンテンツ > リゲッタ誕生秘話 > リゲッタ誕生秘話 第17回「靴作り生命をかけた、業界への最後の挑戦」

リゲッタ誕生秘話 第17回

Re:getA誕生秘話

リゲッタ誕生秘話 第17回

「靴作り生命をかけた、業界への最後の挑戦」

2005年、30歳の時。
ついに「リゲッタ@AB」という3シリーズを発売します。
3つのソールを同時にプロデュース。
下駄をもう一度という発想には義肢装具士の技術なども交え、
ドイツの足学の知識、イタリア製のような先進的なデザイン性を組み合わせました。

中国製品に押される日本製をもう一度元気に!
というコンセプトで発表しました。
ソールは
@は中高のソール、下駄ウォーキング
Aは高いソール、下駄ウォーキング
Bは低いソールで、軽量わらじウォーキング

3タイプとも今までの靴業界にはなかった綺麗な化粧箱を用意し、
箱にはこだわりのインソールやアウトソールの説明が入った箱。
商品を購入したお客様がテンションが高くなるような箱を用意しました。

何度もデザインと販売方法、発表方法を試行錯誤し、
展示会に来られたバイヤーが驚いて思わず楽しくなるような、
『 わかりやすい展示会 』 を作りこみ、
ワンデザインの力に頼るのではなく、
初めからシリーズ性を持たせることで一気にブランディングし、
今後のストーリー展開を匂わせることでスピーディーなブランド化を目指しました。

Re:getA誕生秘話イラスト:高本 泰朗

【靴業界への最後の挑戦】

当時の靴メーカーの展示会提案方法にはなかった発表方法で、
化粧箱をブースいっぱいに天高く積み上げ、華やかな魅せ方に力を注ぎました。
ローカルな展示会なのに一人奮闘するミニッシュに
他のメーカーからは嘲笑の声が上がりましたが、気にする必要はありません。
どんな手段を用いても生き残らなければいけなかったんです。

当時、サンダルと言えば相場は1980円。
それに対して倍以上の価格である4980円で販売することに、
他のメーカーさんからは「馬鹿か?あいつは」って言われましたが、
別にいいんです。
この展示会は僕の靴作り生命をかけた勝負所でした。
これを理解されなかったら、僕は靴作りに向いていないって開き直ってましたね。

そんな想いを持って、靴業界に最後の挑戦をしました。
そしてリゲッタの初めての展示会は予想以上の成果を収めました。

今までの不甲斐ない自分に対してなんでしょうか?
業界に対してなんでしょうか?
展示会後に「ざまあみろ」って呟いていました。
今までの怒りやストレスを全部外に放出したような、
リゲッタの初めての発表会でした。

超大手の量販店も大量の注文をくれて、納品した商品も一瞬で売り切れました。
バイヤーからは「こんなに売れるサンダルは今までになかった。来年も必ず取り扱うよ!」
と言葉をかけてもらい、確かな手ごたえを掴みました。

よし、これでやっと飯が喰える。
まだまだ靴業界でやっていける。
と、思った瞬間でした。
本当に命がつながったって感じました。
悪魔に魂は売ったけど助かった。
もうすぐ30歳・・・ギリギリ間に合った。
良かった。家に帰れる。
ぐっすり寝れる。
ガリガリになって青ざめた顔でしたが、やることはやった。
歴史を変えることが出来た。
って、ホッと一息な瞬間でした。

<つづく>

目次に戻る
第18回は2016年4月28日(木)公開!乞うご期待!
職人 Re:getAデザイナー 高本 泰朗 靴職人 Re:getAデザイナーシューズミニッシュ代表取締役 高本 泰朗

生まれも育ちも大阪の生野区という下町で過ごしてきたデザイナーの高本氏。
靴の専門学校、シューズメーカー数社での企画・デザインの経験を経て、当時靴の下請けであった実家「タカモトゴム工業所」で靴作りに励む。
2001年、後に「リゲッタ」「リゲッタカヌー」などのブランドを手掛ける「シューズミニッシュ」として、靴メーカーを始める。

現在登録されている商品はありません