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リゲッタ誕生秘話 第22回

Re:getA誕生秘話

リゲッタ誕生秘話 第22回

「やっと不甲斐ない僕にも親孝行が出来ました。」

2011年。
気が付けば昔下請けをしていた時の親元メーカーの売り上げを超えていました・・・。
二人三脚で経営してきた父と僕はがむしゃらに頑張りすぎていたので、
その事実にも気付くことが出来ないくらいでした。
両親にはこれにて恩返しが出来たと思います。

今まで会社を引っ張りながらも、父に社長という立場になってもらっていましたが、
この年、父に「そろそろ社長にならせて欲しい。」と頼みました。

父はにっこり笑顔です。

「やすお。 面白かったわ。ありがとう。」
やっと不甲斐ない僕にも親孝行が出来ました。

夢は「飯が喰えるようになること」でしたが、やっと叶いましたね。
だからそろそろ自分の夢を見つけてもいい頃かな?って思います。

相変わらず忙しすぎて家には帰れていませんが、僕の顔が変わったかな?
昔の悲壮感丸出しの顔と違って、仕事への活力がみなぎり、
人間としても日に日に成長していると自分で感じられています。

Re:getA誕生秘話イラスト:高本 泰朗

【リゲッタ、アメリカへの進出】

気が付けば靴業界には僕のデザインのコピーをする人はいなくなりましたね。
追いつけないところまでダッシュで逃げてこれたと思います。

自分のしたいことをしてみたい!
ということで、2012年、リゲッタはアメリカ進出をしました。
今ではアメリカ人も僕のデザインを認めてくれるようになりました。
アメリカでの展示会でリゲッタは活気に包まれ、大絶賛されました。
展示会上のバックヤードでこっそり泣いてしまいましたね。

僕のデザイン力も随分成長したようです。

綺麗にデザインするのは無理。
格好よくデザインするのは無理。
僕のデザイン道はとっても泥臭いものです。
泣きながら、お腹を空かせて、辛い思いが乗っかったデザインのほうが強いです。
その方が出来上がったデザインを見る時は笑顔かもしれません。

これからもどんどん新しいものを僕は作り続けます。
人間は生きている限り一生靴を履き続けます。

履き物というジャンルは、まだまだ完成していません。
だから靴作りの仕事は作り続けることが出来ます。
じゃあ、もし人間が宙に浮いて靴を履かなくてもいいようになったら・・・?
誰も靴を履くことはなくなるのでは・・・?

その時には、人間が宙に浮く装置は僕が開発していると思います。
それくらい履き物に関しては世界のトップになれるように努力したいと思います。

<つづく>

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第23回は2016年7月22日(金)公開!乞うご期待!
職人 Re:getAデザイナー 高本 泰朗 靴職人 Re:getAデザイナーシューズミニッシュ代表取締役 高本 泰朗

生まれも育ちも大阪の生野区という下町で過ごしてきたデザイナーの高本氏。
靴の専門学校、シューズメーカー数社での企画・デザインの経験を経て、当時靴の下請けであった実家「タカモトゴム工業所」で靴作りに励む。
2101年、後に「リゲッタ」「リゲッタカヌー」などのブランドを手掛ける「シューズミニッシュ」として、靴メーカーを始める。