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リゲッタ誕生秘話 第24回

Re:getA誕生秘話

リゲッタ誕生秘話 第24回(最終回)

「日本で、世界で、一番有名な靴デザイナーになりたい!」

日本製を作ることが出来るメーカーは僕が知るときよりも3分の1くらいに減っています。
その上でメーカーの仕事量は5分の1くらいに減っています。
もはや僕の生まれ育った生野区の地場産業は壊滅した後のようになっています。
がリゲッタを作っている職場さんはみなさん仕事があります。
諦めずに僕についてきてくれて、力を貸してくれた皆さんに 恩返しできるのは男として最高の喜びですね。

今でも昔と変わらず僕の持ってるライバル意識ってのは半端ではないらしく、
イタリアのデザイナーもイギリスの職人もドイツの先生も全員ライバルです。
靴に携わる有名人は全員ライバルです。

靴の作り方、木型の設計、デザイン。
すべてにおいて誰にも負けたくないです。
だから、そのライバルたちのいいところを尊敬の念を持って、
徹底的に研究して、その上に行けるように考えます。
リゲッタってそんな反骨精神から生まれたのだと思います。

誰もやっていないこと、なおかつ履き心地のよいもの。
僕の使う丸い木型なんてまさに代表例ですし、
ソールの設計や考え方は独特だと思います。
何か新しいものを作らないといけない・・・という葛藤の果てにできたものですね。

Re:getA誕生秘話高本 泰朗およびシューズ・ミニッシュ社員一同

【恩返しがしたい】

自分の靴作りに歴史がないのは十分にわかっています。
それが悔しくて悔しくてしかたないんでしょうね。
正直に言うと今でもコンプレックスです。
だから背伸びして、リゲッタなんて作ってしまったんでしょう。

リゲッタは突発的に思い浮かんだブランドではないです。
日本の靴業界に対する想い、自分の会社への想い、
そんなドロドロした物が集合してできたものです。
着実に今の日本人の足元に何が足りてなくて、何が必要か・・・
ずっと考えていたら出来上がりました。
イメージ悪くなりましたでしょうか?

とりあえず日本で一番有名な靴デザイナーになって、
今度は世界で一番有名な靴デザイナーになって 今の僕を知ってくれている人たちに恩返しがしたいです。
簡単なことなんちゃうんかなぁって、ちょっと思っています。
夢が叶ったんでそろそろ自分のやりたいことをしたい今日この頃です。

高本やすお

<了>

Re:getA誕生秘話
職人 Re:getAデザイナー 高本 泰朗 靴職人 Re:getAデザイナーシューズミニッシュ代表取締役 高本 泰朗

生まれも育ちも大阪の生野区という下町で過ごしてきたデザイナーの高本氏。
靴の専門学校、シューズメーカー数社での企画・デザインの経験を経て、当時靴の下請けであった実家「タカモトゴム工業所」で靴作りに励む。
2101年、後に「リゲッタ」「リゲッタカヌー」などのブランドを手掛ける「シューズミニッシュ」として、靴メーカーを始める。