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リゲッタ誕生秘話 第3回
「会う人会う人全員ライバルです(笑)」
神戸のメーカーさんは『 シューズ三福 』さんという会社さんで若い子が履くトレンド向けの商品を作っていた有名メーカーさんです。
その会社には二人の息子さんがおられ、姉と結婚した長男さん、そして次男さんがいました。
次男さんは 水谷善臣(よしおみ)という人で僕と同じ東京の靴専門学校を卒業した後、三年間イタリアに靴作りの武者修行に行っていました。
僕と二つしか変わらないのに経験豊富でイタリア語もペラペラ、靴作りに対するモチベーションも高く、あっという間に仲良くなり、いろんなことを教えてもらいました。
義臣さんはみんなに「 おみ 」って呼ばれており、どこに行っても人望があり、若いのに実力もあって、靴業界の先輩からも一目置かれる存在でした。
臣兄さんには弟がいなかったこともあり、二歳下の僕のことを「 やすお、やすお 」と弟のように可愛がってくれました。
靴作りの楽しさを教えてくれたのは臣兄さんであり、とにかく可愛がってくれて一緒にヨーロッパのさまざまな国に連れて行ってくれたりしました。
いろんなことを教えてくれました。「 やすお! 靴は〜〜で、〜〜やから面白いんやっ 」って常に熱く話をしてくれたものです。
イラスト:高本 泰朗
【靴の奥深さ、難しさにどんどんのめり込みました】
臣兄さんに出会ってからは僕も靴に対する考え方がどんどん変わり、今までやりたいことがなくて悶々していたストレスが解放されたように靴作りの修行に没頭するようになりました。
一つのきっかけがあったことで、靴の勉強が楽しくて楽しくて仕方がなくなりました。
靴の奥深さ、他のアパレルや雑貨業界にはない難しさにどんどんのめり込みました。
目の輝きも変わり、食らいつくような姿勢で靴作りのノウハウを覚えるために神戸の長田を走り回りました。
師匠である藤田さんや池さんの後ろにぴったり貼りつき、パターンの基本を盗み取り、藤企画での修行時間が終了したら、シューズ三福さんや他のデザイン事務所に行って勉強する・・・という以前までの僕とは正反対な人間になり、自分で言うのもなんですが真面目でまっすぐで一生懸命な奴になったと思います。
【靴に関係する人、全員に勝ってやる!】
藤企画に通いながらも一般の靴のカルチャースクールなどにも通い、吸収できるものはすべて吸収し、若手向けの勉強会などにもどんどん参加しつつ、人脈も広げていきました。
神戸だけでなく、革靴の産地、大阪・西成や東京・浅草にも武者修行に行きました。
それまで乾ききった人間だったのが、仕事の楽しさを知ってウェットになり、靴作りは誰にも負けたくない!!と考えるようになりました。
反動って怖いですね・・・。
そこからの人生、会う人会う人全員ライバルです(笑)
師匠の藤田さん、池さんもライバル。
どこかで頑張っているという噂の立っている会ったことのない他人もライバル・・・、とにかくどんな誰にも負けたくない・・・としか考えなくなりました。
当時は靴に関係する人、全員に勝ってやる! と燃えていましたね。
とにかく自分の靴作りに少しでも役立つ・・・と、思うことがあればどこでも飛び込んでいました。
靴の勉強のために訪れた国はイギリス、ドイツ、イタリア、フランス、中国、インドネシア、台湾、などなど10か国以上。
僕の勢いを感じた両親がどこの国にも僕を勉強に行かせてくれたことは本当にありがたく思います。
<つづく>
生まれも育ちも大阪の生野区という下町で過ごしてきたデザイナーの高本氏。
靴の専門学校、シューズメーカー数社での企画・デザインの経験を経て、当時靴の下請けであった実家「タカモトゴム工業所」で靴作りに励む。
2001年、後に「リゲッタ」「リゲッタカヌー」などのブランドを手掛ける「シューズミニッシュ」として、靴メーカーを始める。